まるバツのお城

つれづれ出来事やネコ話、読書感想文など。また現在のはまりもののお絵かきなどもときどきアップしたいと思っています。

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高杉晋作をおっかけて萩~下関の旅 その1

行ってきました、史実おっかけ旅行!天気にはめぐまれ…というか微妙な天気でしたが、まあまあだったかと。
連れは幕末ファン歴は長いけど、土方ファンな友人。ガチ敵方なんですけど(笑)直前に突貫で長州藩雑学を教え込んでおきました。まあ私もほんとににわかファンなので、とりあえずばたばた情報を仕入れて旅立ちました。
今回は新幹線ルートを利用。新山口からバスで萩まで一時間とすこしです。かたかたとゆられて山を越えて日本海側へ向かいます。

午後二時前位に萩市に到着。ゆったりした田舎町です。
まずは宿に荷物を預けてから、たしか案内では停留所の東萩駅のすぐ近くに予約したホテルが…と思えば、目の前、っていうかむしろ駅の建物の隣だよね!むしろこの観光窓口とか全部一体化してませんか状態でびっくり。
そして下車するときにバスの運転手さんとひとことふたことした会話で「~じゃき、」と言われ、我々二人とも内心で
(『じゃ』来たーーー!!)
と激しく反応。萩の萌えの開始はここから始まりましたね(爆笑)

宿のロッカーに荷物を預けて、さっそく松陰神社へむかうべく、市内巡回バス、東回りの松陰先生バスへ飛び乗りました。
かたかた揺られて山裾にむかう途中で、車中より復元された大砲らしきものが置いてあるのが見えました。そんなこんなでまもなく到着、松陰神社前です。
結構敷地は大きいです。人もわりといて、まずはと入口の鳥居の撮影をしていたらカップルさんにカメラのシャッターを頼まれました。逆にこっちも連れと一緒に撮ってもらいましたが、これが今回の旅行で二人一緒に撮ったほぼ唯一の写真に(笑)二人ともお寺とかお墓とか像とかとるのに必死だったから…。


sonjyuku.jpg


sonjyuku2.jpg


写真はクリックで大きくなります

敷地内にある、松下村塾!ふおー!
色々資料で見てはいましたが本物には感動です。
とてもきれいに保存されています。ぐるぐるまわって覗き込んでは写真をとり、この小さな部屋の中で高杉や久坂、俊輔(のちの博文)たちが学んだのかと思うと感慨しきりです。はじめはもっと小さな小屋だったのをみんなで建て増ししたんですよね。

すぐ隣は松陰幽因の旧宅です。すごく大きくて立派な御宅でした。
それから松陰神社にお参り。と、ここで買ったおみくじが、二人ともあまりにも的を得た内容に動揺。結ばずに自分に言い聞かせるために持ち帰ることに。そのあまりの深い先生のお言葉に衝撃をうけて、売り場でおまもり他冊子数冊を購入。

そんなこんなでついうっかりすぐとなりの摂社松門神社の存在をころっと忘れていかずじまいに…・こちらは門下生が祭られているそうです。
それから入口のところにある松陰博物館へ。正直入場料が高いと思いながらも入館。小さないかにもな怪しいつくりの蝋人形館と思いきや、なにげによくできた人形で先生の生涯の流れがよくわかる熱い作りでした。合間にさくっと先生直筆の書があったりして、オススメです。そして二人、金子くんを思い泣く。<※1>
そして松陰先生、文字がものすごく右方上がり(むかってこちら側から見た方向で)。独特の神経質さと、かっとんだ部分も併せ持つ先生の性格から、連れと二人で血液型論争。私はきっとOだと思う!

つぎはそのまま山道へむかって俊輔んちへ歩きで向かいます。観光地図を見ながらちょっぴり迷いかけたと思ったらあっという間に俊輔んちでした。近っ、先生んちと俊輔んちめっさ近っ!
我々、要領のよすぎる俊輔にはあまり親近感がわかないのでさくっと見てまわる。しかし家の外壁に画鋲で見取り図の紙がとめてあったのがすご気になるんですが。いいのか貴重な旧宅に穴あけて。

それからある意味本日のメインイベント、吉田松陰墓所へ。
手持ちのマップを見るもいまいちわからず。ここまで来たのだからとさらに登るも普通の山間の民家で立札もなく、さらに日が落ちてきて不安が増してきます。やんわり歩いてきたのを後悔。そこへものすごい勢いの、あきらかに個人がやっつけで書いたような立看を発見。さらに登ると地図にのっている東光寺というお寺があり、ここから道なりに一本と思いきやその道がありえない急斜面。ぜいぜいあがっていくとようやく傾いたバス亭が。もしや、どこどこ?と見たら右手の山っぺりにお墓が!

syouinohaka.jpg


落ち葉がたまってうっそうとした山の一角にある小さなお墓群です。
松陰の遺髪がおさめられたこのお墓には門下生が寄進してその名を刻んだ水溜め、花立て、灯籠がしつらえてあります。その後、次々と亡くなっていったその門下生たちの墓石が松陰の墓石を取り囲んでいます。まるで亡くなってからも先生の講義を聴いているかのようです。

その少し横が松陰生誕跡地、敷石と井戸が残っています。
脇では松陰・金子師弟の像が下界を合涼やかに見下ろしています。そしてまたも金子君に泣ける。

sitei.jpg


結局ここで寒空に吹かれながら一時間近く滞在。本格的に日が暮れてきたのでまた別のほそ道から歩いて下山しました。

途中にはみかん畑。民家の庭先にもみかん、足元にはこぼれおちたみかん、川のながれにもこぼれ落ちたみかん。木々の間には雀たち。そして電線にとまるのはカラスでなくとんび…。
いや、至近距離にとんびばんばん来るので驚きました。とんびかわええ。

tonbi.jpg


そして最後は距離感がおおまかにつかめたのでてくてく歩いて宿まで帰りました。
もうこれで萩旅行は歩く旅決定のフラグが立った感じに。

夕食は宿の入っている建物の下の階の食堂へ。流れ出る匂いが美味しそうだったのでそこに決定。結論、海の幸最高。豪華な内容を腹がはじけるほど食べて3500円くらいでした。
新鮮な魚介類を堪能できました。何食ってもうめーよ。
私はシラスごはんが地味に最高でした。甘いシラスに香りのよいさわやかな刻み海苔!東京では味わえません。

sirasu.jpg



初日はだいたいこんな感じでした。



◇役にたつかも知れない?観光豆知識
体力に自信のない方は松陰墓所へは車、または素直に神社からバスを使うのをおすすめします。道々のいくつかの旧宅跡は下りを歩きながら回れますし。山田顕義んちはさらにもう少し奥ですが…。地味に遠いよ。しかも反対側から下り初めたので今回は私たちは行けませんでした。
けれど実際に歩いてみると、当時の門下生もこうやって通ったのかなあと体感した気分になりますね。


<※1>
金子重輔。
松陰の考えに賛同し、二人で海外渡航を試みて失敗したのちに共に投獄。ただし身分の差があるため、金子は松陰とは異なる扱いの低い牢獄だったため獄内で体を壊しまもなく病死。


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